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細川家の至宝展

先日東京上野 国立博物館の「細川家の至宝展」に行ってきました。

上野は緑がキラキラしてまぶしい!

新緑の良い季節が来た!って感じですばらしい

さて、細川家ですが

100429_150121至宝


細川氏の祖は、足利氏の祖・足利義康の庶長子である足利義清とされる。

平安時代末期、義清は木曾義仲に属し、都から追い落とした平家軍との戦である備中国水島の戦いで戦死している。

鎌倉時代に、足利本家の義氏が三河守護となると、義清の孫義季は兄の戸賀崎義宗・仁木実国らとともに三河国へ進出し、細川郷を領して細川二郎と名乗った。 しかし同じ足利一門でも、斯波氏や畠山氏の家格が高く本家からの独立性が強かったのとは異なり、この時代の細川氏はさほど有力な御家人ではなく、その活動の記録はほとんど残されていない。
傍流の和泉上(半国)守護家の細川藤孝(幽斎)は足利義昭の側近としてその将軍職就任に奔走したが、後には長男で奥州家に養子に出した忠興(三斎)とともに織田信長の配下として活躍した。本能寺の変では縁戚の明智光秀に味方せず、後に天下人となる羽柴(豊臣)秀吉に服した。その後、忠興は関ヶ原の戦いの功により豊前小倉藩39万9千石を領した。
その子忠利の代に肥後熊本藩54万石の領主となり、明治維新に至る。明治時代には侯爵となる。子孫の細川護熙は熊本県知事・内閣総理大臣を務めた。
細川氏は、多くの大名の中でも、鎌倉、室町から江戸、現代まで名門として続いた希有の家である。
(Wikipedia より)


細川家というと、細川藤孝(幽斎)さんが有名です。
展示も、細川藤孝(幽斎)さんの趣味人ぶりが伺えました。

一番興味深かった点は「古今伝授の間」を再現したところ

「古今和歌集」の秘儀を伝える時
部屋も「柿本人麻呂」の掛け軸をかかげて神聖な場を作り、教えるそうです

細川藤孝(幽斎)さんは智仁親王に「古今伝授」を行い、
智仁親王は後水尾天皇に伝授し、「古今伝授の間」が御所に伝わったそうです。

詳細はこちらからどうぞ


熊本の水前寺公園に、「古今伝授の間」があるそうです。
今度旅行に行った時たずねてみたいですね


戦国武将は趣味人が多いですね
細川藤孝(幽斎)さんは、能、茶、筆、和歌、など、どれも玄人で
茶にいたっては、とても重宝されたと書いてありました。

趣味に走っておかないと、天下への志あり、と目をつけられ
いらぬ謀反をかけられ潰されてしまうからでしょうか。


鑑賞後、中国東北料理を食べに移動。

香辛料がたっぷり効いたラム肉をたっぷり食べて帰ってきました

結局、花より団子になってしまうのです
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  1. 2010/05/06(木) 09:05:36|
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