id="permanent"> id="permanent">

マニュの店

手づくりと、忍城おもてなし甲冑隊&全国のおもてなし武将隊を応援中!

まだまだ神戸

湊川神社で楠木正成公のことを知り、神妙な気分になりました

この湊川神社では、こんな展示会をしていました

sIMG_8518.jpg

沖方丁さん著「光圀伝」で挿絵を描いていた獅子猿さんの画や、光圀公、大楠公ゆかりの
ものが展示されていたそうでう

いたそうです、ということは、見ていない、ということ

だって時間がなかったんですもん

この企画は神戸におけると水戸PRの一環だそうで
・神戸―水戸の飛行機利用
・「光圀伝」大河ドラマ化署名運動
など、たくさんの案件をもっておりました

一粒で3つも4つも花を咲かせる企画は嫌いじゃない


この後、京都のお友達を誘って、ある場所に移動

私の行くところ「武将隊あり!」」

さてさて、今回はどこの武将隊かというと

神戸・清盛隊!!

今回出陣する場所は、兵庫津歴史館・岡方倶楽部
大河ドラマ「平清盛」の歴史館の一部が
展示されているということで、それも楽しみでした

ただ、日曜日のせいか人影もすくなく大変不安な思いを抱きながら
建物前に到着。入り口に人がいるのを見て安堵


sIMG_8532.jpg

中は人人人!!
どんなことになっているかわからず、まずは大河ドラマの
資料について案内を乞う

遠くから来たことを伝えると、関係者の方は大変手厚く
歓待してくださり、説明までしてくださいました
本当にありがとうございました!

sIMG_8522.jpg

歴史館で飾られていた説明板が飾ってありました

こちらが地元でないので、なんともですが
説明を聞くと、昔は京都からみたら摂津が一つの国で、その端が須磨
その向こうが播磨で、それは別の国のような感覚だった

光源氏が自ら落ちていったのも「須磨」でしたね
あの時代は、須磨といえばこの世の果てのような感覚だったのでしょう


sIMG_8521.jpg


sIMG_8520.jpg


sIMG_8519.jpg

上の画像をご覧ください
大輪田泊 ここを港とし宋の船をつけようとしていた
その前に経ヶ島というのがあります。これは日本で初めての埋め立てた人口島だそうです
(大河ドラマの中でありましたね。船を沈めてその上に石積んで・・というくだりが)

平清盛は京都の人たちよりもっと広い視点で世の中を見ることができたけど
そういう革新的なことは、日本人のもっとも嫌うところ

早く生まれすぎたのか、早くことを運びすぎたのか・・・

ああ、大河ドラマをやっている時にこないとダメですねえ
もっとたくさん資料があったでしょうに。
来年は絶対姫路に足を運ぶぞ!と話を聞きながら思った次第です

あと兵庫の意味は、「兵器を収めた庫があった」ところから兵庫となったとのこと
国境の最前線だった場所なんですね

「平清盛」家に帰ってもう一度見てみよう

で、神戸・清盛隊ですが、
演舞はなく午前中は座談会だったらしく、午後はサイン会?みたいな感じで進んでいました
この狭い空間では到底演舞は無理でしょう

外は相変わらずの雨ですが、室内は湿気と熱気が充満!
すごい女子の数に友達もびっくり!(友達は何がんだかもっとわからなかったと思います)
人ごみの中より

平重衡さま

sIMG_8525.jpg

平宗盛さま

sIMG_8528.jpg

平知盛さま

sIMG_8529.jpg


平清盛さま

sIMG_8530.jpg

平重盛さま、平敦盛さま、GIONさんは撮れず・・・

友達が「これはなんなの?」という質問に何とも答えられずに
タイムアウト
次の場所に移動しなくてはならなく、外に出た玄関で
友達が友達とバッタリ・・・・!

「なんで、なんで!なんで~!!」という友達の声が神戸の街に消えていったのでした

ああ、この後仕事なのに、変にテンションが上がってしまい
大丈夫かなあと心配しながら、次にむかったのでした。

動いている人を撮影するのが好きな私は
演舞が見れなかったことが心残りでした。




関連記事
スポンサーサイト

テーマ:趣味と日記 - ジャンル:趣味・実用

  1. 2013/11/26(火) 12:18:33|
  2. 全国武将隊
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<休み!休み!休み!!! | ホーム | 湊川神社 楠木正成公>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://manunoko.blog104.fc2.com/tb.php/843-ab3239b1
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)